2025.10.11(LUD)
光と空間の旅
はじまりの風景
1989年、岐阜県に生まれ、幼少期に10回以上の引っ越しを経験。異なる環境での暮らしは、空間に対する感受性を育み、建築への関心を芽生えさせた。9歳の頃には、理想の空間を自らの手で創り出す建築家になることを夢見るようになる。森や川で遊び、神社で昼寝をする日々の中で、風、音、匂い、温度といった自然の感覚に深く惹かれ、それらの体験は後の芸術活動の根幹を形成していく。
学びと転機
2008年、東京デザイナー学院に入学し、建築と空間デザインを実践的に学ぶ。2010年に優秀な成績で卒業するも、社会の不安定さや経済的な状況を背景に、進路を見直すこととなる。常識にとらわれない空間の可能性を追求するため、独学を経て2012年に多摩美術大学環境デザイン学科へ進学。
光との出会い
多摩美術大学での学びの中で、照明デザイナー・内原智史氏、日本庭園デザイナー・枡野俊明氏との出会いが、西の空間に対する視点を大きく変える。特に、光の表現や日本の美意識「見立て」の概念に魅了され、空間における光の役割を探求し始める。2013年、谷崎潤一郎『陰翳礼讃』に触発され、闇と光の関係性を表現した《明暗境界線》を制作。建築家のあかりコンペで最優秀賞を受賞し、光と空間の相互作用を探る上での重要な転機となる。2015年には、光学現象と空間の関係を表現した《MIRAGE CUBE》を制作し、学科の最優秀成績で首席卒業。
表現の深化
2016年、東京藝術大学大学院修士課程に進学。同年、アーティスト・鈴木太朗氏と「空間演出研究所」を共同設立し、代表を務める。光と空間に関する表現手法の探求を本格化し、2018年の修了までに10以上のプロジェクトを手がける。修了制作では、自然の光景と光学現象の関係性に注目した《SKY PATH》を発表。自然が生み出す美しい光景の中に潜む光学現象を捉え、学内賞を受賞。
世界へ広がる探求
2018年、東京藝術大学博士課程に進学し、国際的な活動を本格的に開始。マルタでのアーティスト・イン・レジデンスに参加し、光と空間への理解をさらに深めるとともに、オランダを含むヨーロッパ5カ国を巡り、照度計を用いた調査を実施。特に「オランダの光」とピーター・ズントーの建築体験が研究に大きな影響を与える。2020年には、空間表現の要素として「空気感」「光景」「見立て」の三要素を確立した建築作品《Ripple》を発表し、それに基づく論文で博士号を取得。作品は野村美術賞をはじめ、JID AWARDで史上初の大賞・特別賞のダブル受賞、LITアワードで新鋭最優秀建築照明デザイン賞、BLTアワードで新鋭最優秀建築デザイン賞など、国内外の主要11アワードで計17タイトルを獲得。
再出発と新たな挑戦
2021年、海外での活動を予定していたが、パンデミックの影響により実現が困難となり、東京藝術大学建築研究領域の博士課程に再び進学。構造家・金田充弘氏の指導のもと、光学現象の仕組みを空間構成に応用するための構造研究を開始。2022年には、自然環境と空間表現の可能性を探求するアーティストデュオ「OSOTO lab.」を中山ゆめお氏と設立。2023年より国際的な活動を再開し、TOKASの二国間交流事業プログラムに派遣クリエーターとして採用され、フィンランドのHIAPに参加。レジデンスでは、北欧建築研究者・小泉隆氏の厚意により約100の建築を訪問。特にユハ・レイヴィスカの建築における詩的な光の体験が、大きなインスピレーションとなった。
理論の深化とこれから
現在、西は「装置的建築(Apparatus Architecture)」における構造的な実験を基盤に、自然現象を空間体験へと変換する「現象建築(Phenomena Architecture)」の理論を深化させている。この理論において、装置は自然の力を観測し、変換する“詩的な構造”として機能し、現象はその装置を通じて立ち現れる感覚的な体験として空間に現れる。フィンランドをはじめとする北欧地域での研究を通じて、西は光環境と人間の感覚との関係を比較・分析し、地理的条件の違いが生み出す「光の詩学」を空間化することで、自然と建築が響き合う新たな空間のあり方を探求している。